飛鳥の宿 祝戸荘

〒634-0121 奈良県高市郡明日香村祝戸303

飛鳥の宿 祝戸荘
↑お宿外観

緑に囲まれたくつろぎの宿 ここから歴史とロマンの旅が始まる

石舞台古墳より徒歩10分。ロッジ風の宿泊施設です。周辺は緑に包まれ、奥飛鳥の棚田も望める絶好のロケーション。特別料理(古代食)「万葉あすか葉盛御膳」冬季には名物「飛鳥鍋」等がオススメ

飛鳥の宿 祝戸荘

飛鳥の宿 祝戸荘画像1 飛鳥の宿 祝戸荘画像2 飛鳥の宿 祝戸荘画像3

飛鳥旅行記

飛鳥?で行く日本一周クルーズ(鳥羽)(by かにちゃんさん)

飛鳥
クルーズも後半へ・・・
 横浜を出港した飛鳥?は、鳥羽へ向かいます

 お伊勢参りや、養殖真珠で有名な鳥羽、
 
 寄港地観光も、ミキモト真珠島コース、答志島・海女小屋海鮮昼食、志摩観光ホテルでランチ、などなどありましたが、やはり、一番人気は、伊勢神宮両参拝コースだったのではないでしょうか?早朝より出発のバスも何台もでたようです
 
 で、父と私は、、、例によって、一番ラクなコースを。
その名もずばり、「松阪牛専門店でのすき焼きコース」でした。
 

【旅行時期】2008/10/18~2008/10/18
【エリア】鳥羽
【テーマ】グルメ
【投稿者】かにちゃん

変わりゆく浅草寺周辺の今*懐旧or期待 ☆仲見世は賑わうけれど(by マキタン2さん)

飛鳥
浅草寺縁起
 時は飛鳥時代、推古天皇36年(628)3月18日の早朝、檜前浜成・竹成の兄弟は江戸浦(隅田川)に漁撈中、はからずも一躰の観音さまのご尊像を感得した。郷司土師中知はこれを拝し、聖観世音菩薩さまであることを知り深く帰依し、その後出家し、自宅を改めて寺となし、礼拝供養に生涯を捧げた。
 大化元年(645)、勝海上人(しょうかいしょうにん)がこの地においでになり、観音堂を建立し、夢告によりご本尊をご秘仏と定められ、以来今日までこの伝法の掟は厳守されている。(中略)
 江戸時代の初め、徳川家康公によって幕府の祈願所とされてからは、堂塔の威容さらに整い、いわゆる江戸文化の中心として、大きく繁栄したのである。かくして都内最古の寺院である浅草寺は、浅草観音の名称で全国的にあらゆる階層の人達に親しまれ、年間約3000万人もの参詣者がおとずれる、民衆信仰の中心地となっている。

浅草寺については・・
  • http://www.senso-ji.jp/


  • 仲見世は日本で最も古い商店街の一つ。今の仲見世には東側に54店、西側に35店、合計89店の店舗があり、長さは約250メートル。美しい統一電飾看板と四季折々の装飾が石畳に映え、雷門をくぐった海外からのお客さまなどは、みごとな日本的情緒に思わず「ワンダフル」をとのこと。

    仲見世については・・
  • http://www.asakusa-nakamise.jp/


  • 江戸まち 伝法院通りについては・・
  • http://www.denbouin-dori.com/index.htm


  • 各店に描かれたシャッター絵・・浅草にまつわる有名人そして、芝居や言い伝えにまつわる有名人が描かれている。


    台東区文化ガイドについては・・
  • http://taito-culture.jp/home.html



  • 浅草公会堂については・・
  • http://www.taitocity.net/taito/koukaidou/index.html


  • 「スターの広場」手形設置事業
     台東区では、大衆芸能の振興に貢献した芸能人の功績をたたえ、その業績を後世に伝えるため、昭和54年(1979年)より浅草公会堂前庭(玄関前)の「スターの広場」に顕彰された方々の手型をサインと共に収めています。平成18年度末現在、顕彰者は268名(男性186・女性82)で、今回の4名の皆様を加えて、272名となります。


    平成19年度の「スターの広場」手型顕彰者は・・緒形 拳[俳優] ・小林 幸子([歌手] 安田 祥子[声楽家] 由紀 さおり[歌手](姉妹で受賞)
  • http://www.city.taito.tokyo.jp/index/064587/054298.html
  •   より引用)


    【旅行時期】2009/02/18~2009/02/18
    【エリア】浅草
    【テーマ】
    【投稿者】マキタン2

    飛鳥?で行く日本一周クルーズ?(横浜)(by かにちゃんさん)

    飛鳥
    飛鳥クルーズも6日目。
    室蘭〜終日航海を経て、横浜港へ入港です。

    横浜は、飛鳥?の母港。2009年には開港150周年を迎える、日本を代表する国際港でもあります。

    この日の寄港地観光ツアーも、いろいろ企画されていました。
    六本木ヒルズを含む「新東京観光」、「定番浅草」「皇居参観」「古都鎌倉観光」などのコースや、
    近場では、「横浜半日観光」、「中華街歴史探訪」、「中国茶プチ講習」などなど。
     
    でも、父と私が選んだのは「訪船プラン」です!
    家族や友人、知人などが飛鳥に乗船し、お食事もいっしょにできるというもの。
    訪ねてくるのは、娘!
    久しぶりにおじいちゃんに会いに、飛鳥までやってきました。

    【旅行時期】2008/10/17~2008/10/17
    【エリア】みなとみらい・桜木町
    【テーマ】
    【投稿者】かにちゃん

    飛鳥?で行く日本一周クルーズ?(終日航海)(by かにちゃんさん)

    飛鳥
    クルーズから、だいぶ日にちがあいていしまいましたが、
    まだ日本一周の途中でした^^;ので、
    旅行記アップしていきます。

    室蘭を出て、この日は、横浜へ向け終日航海。
    船内でゆっくりと過ごすことができました。
    クルーズも中盤、高齢の父には、だいぶ疲れもみえてきていたので、寄港地観光がなかったのは、かえってよかったです。

    【旅行時期】2008/10/16~2008/10/16
    【エリア】横浜・みなとみらい
    【テーマ】クルーズ
    【投稿者】かにちゃん

    大阪造幣局桜の通りぬけと吉野山の桜(by tetsu60さん)

    飛鳥
    大阪造幣局に行ったのはまだ大阪に住んでいた子供の頃。 ほとんど記憶がない。 造幣局の赤レンガの建物のみがかすかに記憶に残っている。 この造幣局の桜の通り抜けが始まったのはいつの頃か? 毎年数十万人が訪れる桜の通り抜けは今年は4月16日から22日まで行われるとのこと。 20日過ぎなら都合がよい、急遽見に行くことにした。 造幣局のみではもったいないのでついでに吉野の桜もと欲張った。

    4月21日(月) 福岡→大阪→奈良→大阪
    朝福岡を発って昼頃新大阪着。 造幣局のライトアップまではまだまだ時間がある。 この時間をつぶすため奈良の西ノ京に行くことにした。 西の京は平城京。 唐招提寺と薬師寺に行く。

    さて唐招提寺と薬師寺は近鉄の「西の京」の駅で降りるのだが、若い頃に知っている唐招提寺や薬師寺は周りに何もなくて、ただ田んぼだけが広がっていただけだったのが、今では西ノ京の駅の周りから住宅が立て込んでいた。 京都ほど観光客がうようよしていないのが救いか?
    唐招提寺は759年鑑真和上により建立されたといわれている。 「招提」とは「仏の下で修行する人たちの場」の意味。 これを寺名にしたもの。 唐招提寺は観光客はほとんどいなくて、われわれを含めても7〜8人。 もっとも金堂は修理中。 東山魁夷の壁画は公開されていないとのことで客の少ないのもうなずける。 南大門をくぐると正面の金堂は修理中でシートをかぶっている。 金堂の横を通って戒壇(中には入れない)を眺め、講堂に入る。 金堂の修理中御仏たちはここに安置されている。 国宝の本尊盧舎那仏坐像(座っている姿は珍しいらしい、国内で2体くらいとか)、国宝の千手観音立像、重文の薬師如来立像をはじめ数々の重文の像、さらに金堂の国宝の鴟尾(鬼瓦に相当するもの)などが展示されていた。 そのほとんどが奈良時代に作られたもので、よく見かける鎌倉時代の仏像に比べて少し素朴に感じられた。 とくに四天王が踏みつけている邪鬼たちはむしろ可愛いくらい。 
    講堂を抜けて奥へ、地蔵堂を抜けると御影堂がある。 ここには鑑真大和上の坐像が安置され、東山魁夷が描いた障壁画も飾られている、が、今は開陳されていない。 魁夷の「山雲」「濤声」はこの絵を描くため日本中の質のよい緑青が買い占められたと評判(悪評判?)の絵である。 魁夷の絵について言えば出世作の「道」もすばらしいが、東山の杉木立の中に立っている五重の塔の絵は凛とした空気の格調の高いすばらしいものだと思う。 「山雲」「濤声」を見ることができなかったのは 残念! 横の庭に瓊花(けいか)が植えられて花が咲いていた。 なんでも鑑真和上遷化1200年を記念して1963年に中国から贈られたとのこと、ガクアジサイによく似た花(アジサイの一種らしい)。 白いなかなか清楚な花。

    唐招提寺の後、薬師寺に向かう。 薬師寺は西ノ京駅を挟んで唐招提寺の反対側、南側にある。 薬師寺は700年頃建立され、710年平城遷都により飛鳥の地に移された。 この寺の美しさは白鳳伽藍と呼ばれるその配置の美しさにある。 北の與楽門を入ると正面に食堂跡と、その左右に東と西の僧坊、食堂跡を抜けると大講堂、大講堂の南に金堂、金堂の南東と南西に東塔と西塔二つの三重塔、そして南の正面に中門、中門から東西に伸びて凹状に東塔と西塔、金堂を囲む東回廊と西回廊。 中門の南に南門。 ほぼ正方形に作られたシンメトリックな白鳳伽藍。 薬師寺の本尊は金堂の国宝薬師如来、世界で最も美しいといわれている。 そして両脇を固めるともに国宝の日光菩薩(向かって右)と月光菩薩(向かって左)、これら薬師三尊像は白鳳時代の至宝。 もっとも日光菩薩と月光菩薩は東京で開催される薬師寺展のため生まれて初めての出張のため不在。 薬師如来も初めての御身拭いのため後背などが取り外されている。 大講堂の本尊は重文の弥勒三尊像。 そして東西の三重塔は…東塔は国宝、西塔は戦国時代に焼かれ1981年に再建されたもので屋根が将来重みで下がることを見越して少しそりあがっている…裳階(もこし)をつけているため六重の屋根に見えるが、実に美しい姿、たたづまい。 
    白鳳伽藍と道路を挟んだ北側には玄奘三蔵院伽藍があり中央に玄奘塔と大唐西域壁画殿がある。 この伽藍から見た三重塔はすばらしい、白鳳伽藍の大講堂の両脇にたたずむ姿は実に美しい。 大唐西域壁画殿には平山郁夫の壁画が展示されている。 NHKでその製作過程を放映していたのを見たが、その時には「例によっていつもの絵か…」くらいの印象だった、が、実物の絵を見るとそんな気持ちは吹き飛んだ。 「仏教伝来」の絵以来の平山郁夫の集大成といってもよいくらい見事なものだった。 

    奈良から大阪に戻る。 環状線に乗り森之宮まで、そこからは徒歩で造幣局へ。 時間は18時頃、まだ少し明るい、今日は平日にもかかわらずもうすでに大勢の人が押しかけている。 川岸には屋台がたくさん出ている。 造幣局の通り抜けは明治17〜8年頃から始まって、夜桜鑑賞は昭和26年から始まったとのこと。 通り抜けは600mくらいの桜並木に約120種、約600本を超える桜が植えられている。 南の門から入り北の門に抜けるが仕事を終えたサラリーマンたちも大勢詰めかけて、まさにごった返している状態。 人ごみを押し合いへし合いしながら歩くうちに日が暮れ、並木のあちこちに立てられているぼんぼりに灯がともる。 薄い明かりの中に白、ピンク、赤みがかったピンクの桜が浮かび上がる、なかなか幻想的な…といいたいが何しろ人が多すぎる。 わずか600mくらいの距離だが桜をあれこれ眺めながら1時間半ほどかけて出口に。 途中に昔見たことのある赤レンガの建物が懐かしくも残っていた。 

    後はホテルに行くだけだが、造幣局はなぜだかきわめて交通の便の悪いところにある。 JRにも地下鉄にも便が悪い、地下鉄の駅まで20分ほど歩いた。

    4月22日(火) 大阪→吉野山→大阪→福岡
    今日は吉野山に桜を見に行く。 吉野山はいわずと知れた桜の名所。 しかしこの時期は下の千本はすでに散っており、中の千本ももうほとんど残っていないと思われる。 大阪阿部野橋から近鉄で吉野山まで1時間半ほど。 そこからバスで中の千本へ、さらにバスを乗り換えて上の千本へ。 中の千本にはやはり桜の花は残っていなかった。 ところでこの時期にもかかわらずかなりの観光客が来ていた。 上の千本でバスを降り金峯神社へ、徒歩で10分とは言うもののかなりの上り坂、結構きつい。 バス停でも桜が咲いていた。 どうやら満開。 金峯神社の周囲にも桜、が本数は少ない。 ここから1時間ほど登った奥の千本でも満開らしいが時間の都合もあって奥までは行けない。 
    中の千本までバスで戻り昼食。 昼食後下の千本まで歩く。 下の千本までの間少しは桜も残っていた。 下の千本には金峯山寺があり、この周囲には土産物屋が軒を連ねている。 吉野といえば葛…福岡にも秋月の葛が有名だが…少し買って帰る。 
    下の千本から吉野駅まで少し残った桜を眺めながら降りる。 

    一路福岡へ。

    完   了

    【旅行時期】2008/04/21~2008/04/22
    【エリア】大阪城・京橋
    【テーマ】花見・紅葉
    【投稿者】tetsu60